歴史と概要
世界と日本の生協
協同組合が世に登場するのは、19世紀の半ば約160年前の1844年、英国:ロッチデール公正開拓者組合といわれています。人間の尊厳のために「協同」が始まりました。日本においても大正期、賀川豊彦らによって神戸で生協が誕生しております。
第2次世界大戦時の軍事統制下によりその歴史を中断を余儀なくされますが、戦後、新しい憲法の下、第25条を基本につくられた「消費生活協同組合法」により、各地で生協はよみがえります。
今日、日本生活協同組合連合会やICA(国際協同組合同盟)を中心に国内外に生協が広がっています。
姫路医療生協は
1970年代に入り、世は高度経済成長。同時に大企業の公害たれ流しが社会問題化します。姫路周辺もその例外でなく、大気汚染、瀬戸内の海、河川も汚れました。国や県、市は公害規制に対し消極的でした。市民の自主的な公害調査が始まりました。
そんな中で、「自らの健康は自らで守ろう」と診療所建設運動がおこりました。1971年6月のことです。267人から生協設立の準備がはじまったのです。
1974年8月1日、姫路医療生協は厚生省(当時)の認可を受けました。播磨の地ではじめての医療生協の誕生です。2000人の組合員からの出発でした。
1975年11月1日、私たちの初の事業所が開所しました。共立病院の前身である共立診療所です。
その後、「入院設備をもつ病院建設を」と地域の組合員がたちあがり、1983年2月1日共立病院がオープンしました。
2000年4月、介護保険制度がスタートしました。はじめての制度で国民は困惑しました。姫路医療生協は事前に組合員と研究をすすめ、安心・安全の介護サービスが提供できるように介護事業所をつくりました。
介護と医療の事業所を持つことにより、より安心・安全の介護、医療サービスが提供でき、地域から信頼を得ています。
2006年4月、介護や医療保険制度が大きく改定されました。みなさまの在宅での療養をよりサポートできるように、往診を重視し、地域密着型の介護事業の展開をさらにすすめていきます。

第1回通常総代会

病院建設工事











